シャイン
左よし
Oct. 8, 2007 |
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2007年10月8日 月曜日
体育の日だというのに、昨日とうって変わって朝から雨降り。しかも外に出ると、ムッとくるような蒸し暑さだ。どうなっておるのだ。
昼に鰻を食べる。いつもと違い、ちっとも美味しく感じない。どうなっておるのだ。
疲れて味覚がおかしいのかな。いつもこうだったら、胃も小さくなるだろうに・・・。
ゴマ、枕でのオシッコが続いている。もう全然トイレでしない。
しかも多飲多尿・・・あきらかな腎不全の兆候が見える。年齢も年齢だし、これは仕方の無い事だ。然るべき処方食を与え、水分をきちんと摂らせて脱水させないよう注意してやる事くらいしか出来ない。
その水分は、またオシッコの素となり、枕に「ジャージャー」染み込むのだが。
いや、ゴマの名誉の為に言っておくが、ゴマは決して粗相している訳じゃない。マーキングですらない。その枕はれっきとしたゴマのトイレなのだ。
カバーの下にペットシーツが仕込んであるので、それを捨ててカバーを熱湯に晒してから洗い、予備に幾つもある別のカバーを被せ、新しくシーツを仕込んでおしまい。
毎回、洗いたてのカバーにオシッコ出来るとは、何と言う贅沢、何という清潔好き。そして何とまあ我が儘な事よ。
だけど昔のようにベッドの上のあちこちでマーキングしていた頃と比べたら、格段に被害は少ない。トイレ掃除とそう変わらない手間だし、きっとゴマは、そこでオシッコするのが気持ち良いのだろう。
そこが自分のトイレだと、ゴマは心に決めたのだろう。今はそう解釈している。
しかしウンチは砂のトイレでする。これは例外なく、ちゃんとトイレでするのだ。オシッコだけ枕で・・・というのは、一体どういう心境なのだろう?
ちょっと理屈っぽい事を言えば、猫の気持ちや行動に人間の立場から「解釈」をせず、ありのまま受け入れるだけにした方が良いと思う事もある。
解からない事に無理矢理答を求める事は、本当は無駄なのではないだろうか。
でも解釈したくなるのは、自分の気持ちの為じゃない。可愛いゴマの気持ちを、いつだって推し量りたい、そして不満や不安があれば、取り除いてやりたいと思うからだ。
そういう「解釈」や気持ちを察する努力は、飼い主としての責任であるとも思う。
そう考えた上で、あらゆる可能性を鑑み、勿論ゴマの気持ちを優先してこの8年を過ごした結果、「したい所でする」という結論に今は落ち着いているという事かな。
保護して家に入れた時、ゴマは最初からトイレが使えた。
ウンチもオシッコも全てトイレでして、しかも砂の持ち出しは殆ど無かった。素晴らしくトイレ優等生だったのだ。
しかも「私の子供たちがご迷惑を掛けております」と言っているかのような神妙な面持ちで、本当にいじらしかった。仔猫たちはもう怪獣のように傍若無人で、どこでもウンチ・オシッコをし、破壊の限りを尽くしていたけれど。
マーキングが始まったのは、仔猫を4匹とも全て里子に出してしまい、ゴマをアメショー軍団の部屋に入れた時からだ。
寂しかったのかな、疎外感を感じてしまったのかな、まだ避妊して間もないからホルモンのバランスが悪いのかな、それとも・・・と色々悩んだし、その都度対処してみたが、ジャムという仔猫を迎えるまで、マーキングは続いたのだ。
そしてジャムの存在によって治まったマーキングは、ジャムが巨大化するに従って、再び開始されたのだ。
しかし枕でしてくれていたお陰で、ストルバイト結晶も早期発見出来たし、悪い事ばかりじゃない。それもう、よくど枕でしてくれました・・・と褒めてやりたい。
でもペットシーツのゴミが多いのが難点だ。
土曜日に「燃やすゴミ」を出してしまった後は、火曜日まで出せない。3日分ともなると、専用ゴミ袋はパンパンに膨らんでいる。
ペットシーツの一部が濡れているだけなので何度か使ってから捨てたいところだが、直ぐに処理しないと別のところでされるのも困る。そして臭い。
使い捨て文化は嫌なのだが、こればかりは許して貰いたい。洗って繰り返し使えるシートだと、染み込みがイマイチ良くないのだ。脱水の効率も悪い。
改めて思う。猫をしつける事なんか出来ない。アイツらはやりたいようにやるのだ。
叱ったって、むしろ逆効果。問題行動の裏には、飼い主の努力不足が必ずあるのだ。必ずまだ努力の余地があるはずだと思った方が良い。
そこを間違ってはいけないと思う。
勿論、少しでもお猫様のお気に召すよう、トイレに関してはもうありとあらゆる様々な工夫をしてきた。
数も異常な位たくさん揃え、トイレの種類も方式も色々、砂の種類も色々・・・場所の工夫も、清潔に保つための努力も、考え得る・実践し得る事は全てして来たと言いたい。
トイレは27個もあるんだからね、うちは。ジャムとゴマしかいないこの部屋にすら、5個もあるのだ。しかも色々なのが。
諦めてはいても、トイレ以外の場所でのオシッコを予防出来るものであれば、是非そうしたいのだ、私だって。
それでも尚、不可解にもトイレを使ってくれないとしたら、もう諦めるしかない。そして被害が少なくて済むようにするっきゃない。
うちには、うちの洗濯機で洗えない寝具は置かないし(と言うより捨てたのだが)、介護シーツやら防水シートやらもいまだに駆使している。
押入はフカフカした布の宝庫で格好のトイレにされるので、入りたがるけれど入らせない。
うちの洗濯機は、かつて防水シートの洗い過ぎで負荷が掛かり過ぎて、回転軸が焼き切れてぶっ壊れた事すらあるのだ。
もう猫にオシッコされる事に関しては「オーソリティ」と言われても良い。
どんなに長時間、足が痛もうと仕事がはかどらなかろうと耐えて耐えて抱っこし続けても、ちょっと下りて戴いて私がトイレに行っている間に枕でジャー。
ずっと同じ部屋で一緒に過ごして、仕事中はずっとPCモニターの上で熟睡していても、やっと一段落して、やっとベッドに入れた・・・と思った途端に枕でジャージャー。
ええ、だからもうとっくの昔に諦めました。
もうこれは「日常」であって、わざわざ日記に書くような事ではなかったのだが、あちらでもこちらでも、トイレ以外のところでの排泄で悩む飼い主さんがいるので、勇気を持って戴こうと、長々と蒸し返したという次第。
ゴマはバカじゃない。
私は親バカだけど、ゴマが賢い事は、あらゆるエピソードを持ち出しても説明出来る。もう長くなったし面倒臭いので、過去にここで語り尽くした事を今夜は書かないけれど。
ゴマはうち中で一番賢い。だけどオシッコは枕でするのだ。そういう事になっているのだ、我が家は。
何だかヤケクソみたいだな。でも違う。前向きなヤケクソなのだ。
努力してもどうにもならない事では悩まない。
大人になると妥協が多くなるんじゃないかと思っていたけれど、それは「自己完結した」幸せの中で生きて行く為にどこで折り合いをつけるかというバランス感覚と、「そこ」で鈍牛の如く(牛さん、ゴメン)歩み続ける為の知恵や意志の強さがなければ出来ない事なのだと、最近よく解かってきた。
せっかちなニワトリは、牛にもなれるのだという事を、自分に証明してやろう。
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