ご相談ケース 1
東京四谷の野良猫怪我治療・避妊のケース
夏の捕獲支援
美保さん(20代女性)から保護したい猫がいるという相談を受けたのが、2001年の夏。怪我をしている猫がいるので、是非その治療と避妊をしたいというものだった。
事前に何度か打ち合わせをして、約束の当日、捕獲器を3台積んで現地に向かう。美保さんは色白でとても華奢な若い女性で、真面目に物事を思い詰めるタイプに見えた。捕獲器を仕掛けて、先ずは怪我を負っている黒猫(「隼人」と命名)を捕獲した。尻尾がずる剥けで、鮮血が滴り落ちている。この子を車に積んでから、もう1匹(「大和」と命名)を捕獲。こちらはヨダレが凄い。嫌な予感がする。
あと2匹を目標としていたのだが、隼人の出血も多いし、兎に角予約してあった病院に運ぶことにして、捕獲器を仕掛けたまま、一人を現場に残して獣医に急ぐ。病院は美保さんの自宅の近くが、その後の引き取りやケアもし易いということで、高円寺まで運んだ。
どちらも全く人馴れしていない野良猫で、既に5歳は過ぎているだろうという診断。治療と去勢手術を依頼して、四谷に戻る。しかし他の野良猫は、別のエサやりさんからご飯を貰ってしまったらとく、幾ら待っても捕獲器に入らない。この陽は諦めて解散。
隼人は断尾と去勢、大和は去勢と肝機能の治療をし、長期入院となって費用もかなりかさんだ。SOSを立ち上げて、医療費の支援をする。退院した時には美保さんが一人で電車で運び、元いた土手に戻し、去勢して手当ても済ませた事を、置き手紙にて姿の見えない他のエサやりさんにコンタクトをとる努力を続ける。続けて他の猫の捕獲もしたかったのだが、あまりにも費用がかかった事もあり、今後は誰かを頼ることなく自分で無理の無いペースでやる決意をしていたようだ。それに対しては、私も無理強いするつもりは全く無い。いつも言うことだが、100点満点を目指して何もしないよりは、60点でも30点でもいいから、先ずは行動に移す事だと思う。いつまでもそれをしないでいると、結局何一つしないで終わってしまうものだから。
ただ独りでの捕獲
それから間もなく置き手紙の甲斐があり、古くからのエサやりさんたちと連絡が取れたと報告が入る。会って話し合いも出来たそうだ。か細い美保さんの頑張りに、えさやりさん達も感激していたのではないかと思われる。そうして連携をとりつつ、エサやりは続いていたが、最初の捕獲から半年後の2002年2月、美保さんは計画を実行に移した。今度は捕獲器だけを借り、発情の兆しが見え始めた小さなメス猫「日和」の避妊を実行すると言う。
資金も計画的に少しずつ貯め、搬送も電車で独りでするという計画だ。固唾を飲んで報告を待つ。結果は大成功(詳細は、美保さんからの報告メールを参照)、しかも当日見かけた別の首輪猫も翌日に捕獲して治療するという大きなオマケがついた。
美保さんは、最初に隼人・大和の保護をしたいと思って相談して来た頃とは見違えるほどたくましくなった。見た目は相変わらずか細いけれど、自力で事を成し遂げた勇気と自信に裏付けされて、多少の困難には屈しないような強さと意思、そして適応力が感じられる。若い世代をすっかり見直させてくれた立役者でもある。
その後捕獲器は、エサやりさんのつながりであちこちを転々としたが、現在は「SOS静岡」の現場に送って貰ってある。活躍してる捕獲器の代表格だ。
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